2025/04/08 00:18
村山大島紬は江戸時代の中頃に創り出されたといわれています。
まず青藍染による綿織物である「村山紺絣」と玉繭による絹物である。
「砂川太織」の二大支流が合流しました。その後、縞銘仙、乱絣、経無地などの時代を経て
経緯絣の絹織物に変ってゆき、いわゆる、村山大島絣が生産の中心となったのが1920年代のことです。
先駆者のたゆまぬ努力が稔って、年ごとにその質の良さ、堅牢さが高く評価されるようになりました。
大正中頃から村山・砂川両地区を一円で、独特の手織機を用いて織り上げられたこの村山大島絣は、
正絹板綿絣織物で、経緯の絣糸を巧みに染め分けて織りだされたデザインは精緻をきわめ、
奥ゆかしい民芸の地風をもち、しかも表裏がないという特長をもっています。
品質、色調、デザインなどは時代とともに移り変わっていますが、昭和42年3月には
東京都指定技術工芸品の指定を受け、その生産の重要性が改めて認識されています。
また、昭和50年2月通商産業大臣指定伝統工芸品として指定され振興法に基づいた振興5か年計画を
実施し、後世まで存続させる産業として、その名に恥じない、製品つくりの貴重な技術の証として
伝統的工芸品の伝統証紙が貼付してあります。
引用:村山織物協同組合